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2011年9月の記事

嫌なことで頭がいっぱいになりそうな時

人間だから嫌なことや気にいらないことって
山ほどあるけど
そういうことが頭の中にいっぱいになって
ただでさえ少ない脳みその中をいっぱい
そのことで占められるのは嫌だ。

だから
過去にしたことや
もう変えられない事

自分の常識に
著しく逸脱していることが
自分にふりかかっても

もう忘れよう。

諦める訳じゃないけど

しょうがないし
自分が頭が悪かった、自分に魅力がなかった、そんなことも知らない俺が悪い

って思うほうが随分楽。

ものすごく悔しいし、
自分の中でフェアーに戦ってきたつもりだけど

判断される側である以上
そんなことは関係ない。

そしてフェアーだとしても
自分がそう思い込んでいるだけで

もっと
自分が汚いと思っていることや
そんなことしたらいけないだろう

っておもってる事が
相手が普通に取り組んでいる場合もある。

だからといって
相手を揶揄したって意味ない。
自分は頑張ったなのに何でって怒っても意味ない。

そんなものは
負け犬が勝手に吠えてればいい。

弱者が言い訳として言えばいい。

俺は言い訳して頭の中が
嫌な事で満たされるのがいやなんだ。
そこになんの生産性もない。
だったらスパッと忘れたいし

うまく自分の
スキルアップにつなげたい。

そんで負けたとき
判断しなかったやつらを
見返したい。

それが恩返しだとも思う。

聞きたくなかったこと
嫉妬してしまうこと
いっぱいある。

それを自分の綺麗な血になるように
取り組んで生きたい。

嫌な事で心が満たされたときは

自分の能力の低さに矛を向けて
怒りというエネルギーになり
それが行動や研究に向けられるようにしていく。

だから俺は特定の個人の悪口は言わない。
悪口は自己肯定になる。
自分の立場が弱い以上、何にも意味を見出さない。

悪口を言う人、特に陰口を言う人は
いるのは仕方がないし、気持ちもわかるし
その人達の撲滅も考えていない。

ただ、悪口をいう人は
俺は尊敬しないし、さぞかし自分のことが好きなんだろうなーって思う。

今以上の劇的な変化は望めないし
自分のことを理解してくれる少ない人たちと保守的になって
自分と考えが合わない人を排除していけばいいと思う。

俺もそういう節があるから
かわりたいから、悪口はいわない。
相手に求めない。自分がやる。

ストレス耐性は強いからやれるとこまでやってみる。

長々と失礼。

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頑張るって言葉

主に職場の話なんだけど


頑張るって言葉が嫌い。
別に効率よく最小限の努力でやるのがかっこいいとかそういう考えじゃなくて。


頑張るってのは、ある結果を求められるのにたいして自分が到らないからそれを出来ようになるために必要なのが努力や頑張るっていうことであって、結果を出せれば努力なんかする、もしくは頑張る必要なんかないわけじゃない。頑張りとは単にそういうプロセスを指す言葉であって、成果と純比例関係にあるわけじゃない。つまり頑張ることじたいに金銭的な価値はない。

自分が小さい世界だけど結果でしか判断されないベンチャー会社で働いて、頑張る姿勢とか努力を訴えても無駄だってことをわかって、その考えが基で言い訳することや相手にわかってもらおうって考えをもう捨てでいいやってなって、


自分なりの結果主義になったつもり。


結果をだせるようになるために、能力がない時は努力は自分でいうのもなんだけどした。

人よりも考えたりしてた。

それでおかげでトップになれたし、今でもトップ。


そういう考え方を植え付けてくれた上司にはすごく感謝してるし超甘口だった クソ学生の俺を甘口程度には矯正してくれたと思う。全ての競争関係にあるものをそういうフレームで判断するようになれたし。

ただ!!!


その上司が最近

一生懸命さが伝わらない

とか俺に言ってきやがった。

笑止千万!


いや言いたいことは分かる。
俺の最近の勤務態度は悪いと思う。
努力なんてしてない。


ただこれはおかしい。
驕っているけど、みんなが10やらなきゃ出来ないことを俺は5の力で出来るから俺はちゃんと取り組んでいるように見えない訳だ。そして結果として5の力で取り組んでいても数字上、俺が1番売り上げているわけだ。かみっぺら一枚で判断する時、評価されるのは悪いけど自分。売り上げてるから。

もし俺がこの上司の言い分を認めてしまえば、努力を認めるとか頑張ったなんで成果とは無関係な価値に重きを置くことになる。

しかも自分は能力が低いときに、せっせと1番になるために努力をしてたわけだ。

それをそういう言葉で言うなら言いたいことは分かるけど逆ギレでも良いから言い返したのさ。


そしたら、俺は出来る奴には完璧を求める

って言われて、まぁ許してあげることにした(笑)

いや、こういうオチャラケじゃなくて


結局、結果なんですよ。
結果出せば発言権も強まるし。

プロセスをいう人はエクスキューズの塊なわけ。頑張るって言葉が既にエクスキューズ感がある。


だから嫌い。


一分の努力もしてない天才が現れて、何万時間も努力した奴が一瞬で負けるのも仕方ない。

天才が偉い。

その天才に勝つもしくは近づく手段が努力っていう方法しかない。


このことから私は頑張るって言葉じたいより頑張りを他人に評価させようとする発言が嫌いなだけです。

自分も気をつけます。では。

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