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2011年6月の記事

なぜこれほどまでに魅力的なのか

この記事は慢心になる。
けど、書く。






最近、ありがたいことに超モテる。
逆ナンとかもされる。
もちろん、本当にモテル人と比べたら全くなんだろうけど
自分が生活しているレベルのステージではモテル。

ただこれだけ書いたら、ただの自慢になる。

結果には原因があるわけだから
その原因をなるべく客観的に考えてみようと思う。
事細かに書くつもりはないけど。

良い部分も悪い部分も客観的なレベルで
認識が一致することは重要。

前に書いたモテ論とは全く違うのであしからず。
今回は、方法論とか書かない。

要因として理由はいっぱいあると思うけど
考え方が変わったことが一番だと思う。
仮にもてなかったときの思考をダメな思考として
もてる思考を評価される思考としてみる。
まー昔の自分の思考をさらすことになるんだけど。笑

例えば、ダメな思考として
異性に好かれたいと思うにあたって
自分がこうありたいとか、こうするべきだって
考えを捨てたこと。
その考え自体が、ベクトルの向きとして
正しくなければ
いくら、こだわったところで結果なんて生まれやしない。
出来てるやつの真似、相手とのニーズの一致。
これが最大公約数的に出来るということが
モテルってことなんだと思った。
足が速いやつがもてるなら、ギター弾いているより短距離の練習する方がいいってこと。


あとは、ダメなものはダメって思うこと。
個人的に悪い考えだと思っていることで、
何回も何回も断られているのに
アタックして付き合えたっていうサクセスストーリーを
自分にも出来ると思うこと。

諦めないことは大事だけど
男女間の話なら
自分がそこまで魅力的じゃないと考えて、
完全に心を閉められる前に一旦ひくべき。

これがエスカレートすると
ストーカーの思考とかわらない。

自分はこんなに思っているんだ!!!って気持ちの押し付けは
悪だと思う。
好意のない人からの好意はいらない。
あくまでもサクセスストーリー。

じゃあ、諦めるかというと、そんなことはなくて
時期あけてもっかいアタックすればいい。
相手に見合うようにこんなに努力しましたって言えばいい。
そういう誠意は伝えるべきだし、響く。
あくまで即決にこだわると
人として余裕がないように見える。
タイミングを知ることが大事。

考え方だけなら
この2つさえあればいいと思う。

他にも

異性とよく喋ること。
そしたら、大まかにだけど
こういう生き物なんだって分かる。
詳細は恥ずかしいから書かない。笑
そっからマーケティング。

他には
自分もそう思ってて
恥ずかしい話なんだけど、
どっかしら女の子を綺麗なものとして見すぎていた。笑

けど
いっぱい喋るうちに
実際は男が普段考えているようなことを
女バージョンで考えているだけの生き物だなって思った。
つまりたいしたことないやつらだって思った。笑

ここにダメな思考と評価される思考のギャップが縮まる。
じゃっかん暴論だけど、下に見るくらいがちょうどよかったりする。
だってもてる女って男を見下してるし。もちろん全員が全員とは言わないけど、
そんな細かな違いが見えるほど俺はわかってないからそう思っている。
事実、何回、俺も見下されてきたか。笑
立ち振る舞いや表に出る態度こそ見せないにしても。

そんくらいの革命がおきたときにアプローチ方法が変わる。
例えば、紳士と臆病の違いがくっきり見えてくる。

他には
見た目。もちろん大事だけどここでは書かない。
ダメな思考のやつはすぐここに飛びついて自分を正当化するから。
ここをどうにかしようと自分で模索するとこからが一歩だと思う。


結局、何がいいたいかと言えば
自分が大事にしたいこととか、どう考えるとかはあまり意味がないこと。

仕事も、お笑いもスポーツもどの世界でも
上手なやつが偉いし
そいつらの感覚を真似していくことが得策。
出来ない自分を切り捨てて考えればいい。
そして、所詮近くにいる出来るレベルのやつなんて
本当に所詮レベルだからすぐ追い抜ける。
悲しいぐらい簡単に追い越せる。

そしたら違うステージの人を
目標にして自分をその場に身をおけばいいだけ。

こういうこと言うと、自分の気持ちなんてそこにはない!
幸せになれない考え方だ!
って言われるけど
結果が出てない人に何を言われても悔しくない。
結果が出てなくて嫌な領域のことだから努力するわけであって。
仮に盆栽の育て方をいくらディすられたった、自分は盆栽はどうでもいいと思ってるから
気にしないし。

あくまでも、自分を殺してでもニーズを追っていけば
自分が魅力的になるし
そしたら選択の幅が広がるわけで
そこで自分が大事にしたいものを
存分なく発揮してふるいにかけて選べばいい。

って話です。

あとは人を嫌わないこと。

人を嫌う人は、自分に余裕がない&それだけ周りから嫌われてる人間。

自分が嫌がらせにあったり下にみられるのは自分にも非があるって思うのが生産的。

もちろん、
この人のこういう所は嫌だけど最終的に良いやつってくらいに思うのはいいけど。

自ら人を幅広く受け入れられるのは、他人から幅広く受けいれられる。

だから異性に関わらずに年上や年下、同性に好かれないと。
これが評価される思考ってやつでしょって思う。


昔は大嫌いな人多かったけど、最近はいない。
気が合わないのはあるけど。なにかしら平均的に話せる話題はある。
そこを評価すればいい。
そこを評価すると相手も好意を持ってくれる。

ここを目指していって、初めて
異性がときめくには!みたいなそこらへんの本屋で売っている
方法論とかの話になるよね。前の記事はそんなことを書こうとしてただけっていうね。

結局、人を嫌わないようにしようって考えは
俺がいま、人に恵まれているからそう思うだけかもしれないけど
だからといって
人を憎んで汚い気持ちで日々すごしていることを肯定することにはならない。

もてるようになりたいという気持ちで
こんな風に考えるようになった自分は
今のところ好きだし
改めるつもりもない。

若干話がずれたけど
比較的、もてるようになった理由は
ここにあるのかなって思う。

あとはーまー、色々女性と経験して醸しだす
雰囲気かな。って童貞の僕はそう思います。笑

この気持ち忘れずに、謙虚に頑張ります。

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自己資本投資

いいかげん決断しないと。

自分に一番足りないものは、決断力。

行動力はないけど、致命的にないわけじゃない。

これだ!!って思うつきすすむ力。

そのためには

自分に時間とお金と責任感を投資しなくちゃいけない。

お金は本であったり環境を買う。

時間はそれに割く割合を増やす。極端な話、一日中それを考えている。

そしてその決断したもので、お金を稼ぐ。

そういったものに自分を置かないと自分はだめだ。

今の職場はお金もらえるし、たよられるけど

どっかしらで関係ないしって思っている。

はやく自己資本投資するものを

決断したい。

覚悟せねば。

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親に愛された人間とそうでない人間。

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人間関係

人間関係
「この人との人間関係は最優先させなければならない」


そう感じる人がいるということはいいことだと思います。自身も兄貴分として絶対な人がいます。

その人がいなければ今の自分はないと断言できます。僕自身がぼんやりと描いていた理想像を具現化して生きている人だから。

皆さんにはそんな人は身近にいますでしょうか?仮にいなかったとしても、それに準じる大事にしたい人間関係がある場合には、どこまで気を使うべきでしょうか?


兄貴分の2人以外でも、友情関係や職場の人、彼女や親も然りですが、やはり「裏切らない」ということがまずは最大のファクターであると思う。

この「裏切らない」は、単純にわかりやすい裏切りも当然ですが、本当に大事にしたい人間関係であれば、もっと細やかな気配りが必要だと思う。


たとえば大事な人から、別の方を紹介されたとします。通常であれば「紹介を受けたのであればもうその人と直接連絡しちゃえ」と思うかもしれませんが、僕は大事な人を飛び越えて紹介を受けた人と個別に連絡を取り合うことは絶対にしません。同席している場合でも盛り上げることはあっても必要以上の会話はしません。

現代社会で少なからず活躍をするような方というのは、その人間関係も非常に繊細であったりする。その方が大事に構築した人間関係を飛び越えると言うのはその繊細さを軽んじて考えていると捉えられる可能性があるからです。

また、受けた恩を絶対忘れないということも「裏切らない」ということにほかなりません。

有名な話ですが、水商売の尊敬する先輩が営業中にどうしてもタバコが必要になり、後輩にお使いを頼んだとします。その先輩から日ごろ受けている恩を忘れていないのであれば、当然そのタバコ代は後輩が持つべきです。ところがその恩を平気で忘れると「300円です」と先輩に請求してしまうのです。日ごろ何万円もごちそうしてもらいながら・・・。

「その程度は裏切りではない」と思われるかもしれません。ですが、日ごろ世話をしている先輩はその後輩を少なからず見込んで期待してるのです。ところが「こいつは日ごろその何百倍も世話になっていながら300円を請求してくるのか」とがっかりさせてしまいます。そのがっかりは見こまれた期待を裏切ることに他なりません。


また、簡単に自分の意見を小出しにすることもしません。尊敬するからにはある程度の範囲で尊重し、追随する姿勢を持つべきだからです。その代わり、意見を求められたり、明らかに心情に反する場合には逆に意見を言うべきです。

ここまで書くと、やくざ映画の仁義じゃないかと思われそうですが、高度に発達した現代社会はシステマチックなドライな部分と泥臭い繊細な人情の部分が混在しています。相反するように映りますが、成功されていらっしゃる方は必ずその部分を押さえています。

この前、久しぶりにその兄貴分の人と会いました。相変わらず魅力的で僕自身も背筋が伸びた気がしました。今も関係は続いていますが、絶対に裏切らない姿勢を貫いて昇華させてきた人間関係です。そして、よい人間関係を続けるためには、僕自身も魅力的であろうとする努力が絶対的に必要なんだと強く感じることができた日でした。


こんなこと発信しておいて自分は全くダメだけど、能動的な恩返しくらいの意思が必要だということだと思います。自分がプラマイゼロの姿勢で付き合っていたとしても、受取方次第では最悪な印象を持たれるわけです。
人間関係は繊細です。いつも見抜かれ合いです。そこに駆逐されず、多少の損やバカにされたとしても本当に大切なものは大切にしていきたいものです。

そして自分が尊敬してる人や自分を認めてくれてる人達のためにも、社会的認められるように精進していこうと思いました。

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