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2010年11月の記事

RE就活

テレアポ中にブログ書く。笑

最近暗いブログを書いてますが、いたって
前向きな自分なんですが

このまえ、今の自分だと
就職の可能性ってどれくらいあるんだろうと思って
就活サイトにアクセスしてみたら
自己診断的なものがあったので
性格変わったって思ってる自分がいるから
やってみたわけさ。

そしたら
てんで
変わってないのね。
根本は
かわらないのねって思って。

でもね
最近、自分教師に向いていないんじゃないかって思うのね。

別に投げ出すとかじゃなくて
資格は必ずとるけど。

なんかさ。

集団行動が面倒くさいんだよね。笑

そんでいま、おれエロいからさ
プライベートいちいち干渉されたくないんだよね。笑

あと子供って一つのコンプレックスも許さないで
いじるでしょ??

デブ、はげ、くちくさい、声が高い、きんたまいじるETC

そうなった時になんつーんだろ。

幼いノリを抜けたかと思いきや
また幼いノリに付き合うわけでしょ?

少なくても
いまの心理状態の俺には無理なわけです。
距離感置いた関係ならいいけどさ。笑

でも教えることは好きだからね。

とりあえず、塾でバイトして
二年間考えてみます。

行動していこうとは思うけど、どうなるんでしょーね。

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自分

「正直に自己を語るのが難しいのではない。自己という正体をつきつめるのが、限りなく難しいのである。」(小林秀雄『ゴッホの手紙』)

その通りだと思う。
まさに自分の正体がわからない。

もちろん人間は単一的ではなくて多面的な性格であると思う。

そういう意味で変化は怖がらないでいたつもりだけどね。

ふり幅が大きくて短期間でおきたことだから、自分にとって恐怖の対象でしかない。

それが、学生っぽさがなくなって社会性が養生されてきた的な

ポジティブな見方も出来るけど、それではない気がするんだよね。

仮にそうだとしてもそう思って生活していたい。

違うと思ってるから、、何かわからない物に自分が征服されてきているようで

いやだ。

新しい物は受け入れて、過去を大事にするって当たり前の行為が

出来ていない気がする。

自分は何者なのか。上田貴俊であることは間違いないけど

どういった経緯でこういう感覚に見舞われているのかが

わからない。そして分かりたい。

無意識の中の感覚のズレに気づいた時は不安に苛まれる。

言葉だけ威勢張って、中身は何も追いついていないとか本当にいやだ。

こんなことブログに書くことではないんだけどね。

まーがんばります。

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たーちゃん

たーちゃん
うちの母親は機嫌が良いと僕のことをたーちゃんと呼びます。


でうもわんばんこ、んたーちゃです。


いま病院にいるのだが予約システムの意味がない45分待ちというね。

ただ医療系の女性は美しいです。
結婚するなら医療系が良いです。
ただ医療系は冗談がきかない真面目な雰囲気は嫌いです。

☆☆

最近、一人暮らしに憧れるんです。

憧れというよりは経験、しときたいなーって思うんすよね。

その理由として自分甘えてるなって思うんですよね。

分からないことがあればすぐ頼れる友達がいるし、寂しくなれば地元に帰れば良い。


これはすごく素敵なことなんだけどさ!


生きる力っていうか、自分は何をするのかが興味あるんだよね。

そのままふさぎ込んでダラダラした一人暮らしをするのかとか。

あとはベタだけど親のありがたみ。
分かってるつもりだけど分かってないんだよね。


どうせ新卒戦線では負けた身だし、もう焦りも何もありません。

芸人じゃないけどある程度の区切りの年で仕事につければ良いと思ってる。

結婚だってするかもわかんないけど、世の中の適齢期には絶対収まらないし。

自分のための人生を送ればいいし。

話が飛躍しすぎました。笑


とにかく一人暮らしがしたいのさ。って話。

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明け方の六本木


お久しぶりです。
毎日7人は僕のブログに顔をだしてくれてるのですね。

書きたいことあるんだけど、書いてどうすんだ?みたいな感覚に見舞われる毎日を過ごすようになりブログの存在意義がわからなくなりこのような事態になったわけで。

俺のプライベート書いても仕方ないし、考えを書いてもどうかななんて思って。

去年の自分の書いていたブログを読んで、若いなーなんて思って。若いというか幼いなーって。批判してるわけじゃなくて。写真も幼いなって。髪を明るくするでしか、自己表現が出来ない不器用な奴だなっていうか。その分とっつきやすい感じは逆にあるけど。当時はそれが最高の自己満足であり満たされていたからいいんだけど。

別に今の自分が当時と比べて何倍も良くなったというわけじゃないんだけど、あえて大きな違いを言うのであれば、人間的に幅が広くなったかなって思う。当時は限られた人間関係の中でいかに自分を良くするかだけ考えてれば良くて、保護されていた感覚。自分に合わないものはどこかしら真剣に接することを拒んでいた。

大学を卒業するとそんなことが出来なくなったし、そんな無駄な保守的な自分が大嫌いになって、自分に自信がなくなって自分の全てを否定的に捉えるようになって。そんな自分の自信を打ち消すように他人との係わり合いを絶って、自分磨きという名の殻に閉じこもるようになって。

そんな時に自分に持ってない性格やスキルのある人達と話をして、自分が正しいと思い込んでいた正義感や事実をまざまざと否定されて、既存の性格に革命が起きた。

その時に、保守的な自分が嫌いできっかけが始まったこのふさぎ込みが保守的な自分という手段で自分自身を保護していたことに気付いて、これは変化せざるを得ないと思った。

それで今の性格になった。どうなったとかは人が判断すれば良い。少なくとも自分では満足してる。

おっきく変わったこととして、言うなら

変化を恐れてはいけない。変化は進化だ。

客観的に経って物事を考えることは、自分をおもいっきり褒めることもしなくてはいけない

理解しがたい感覚にこそ、自分の弱点がある

この三つです。何か名言はありましたか?笑

あとはベタだけど、行動の失敗を恐れてはいけない。こんなの誰もが言ってるからあれだけどその通りだ。その失敗に凹んでる暇なんかまじでない。どうすれば良かったのかって建設的な考え方にしなくちゃ。

こういうこと言うと、出来ないよーって言う人がいるんだけど、出来ないならしないで良いと思う。机上の空論で終わる結末が一番虚しいってことがわかるまで悩んでれば良いんだ。

俺は本当に周りに恵まれてる人生だと思う。文句の言いようがない。

色んなチャンスが貰えるのも自分なりに真摯に生きてるからだと思う。

ただ恵まれてるからこそ、自分で切り拓くストイックさがなかった。与えられてきた人生なんだ。こんな偉そうなこと言ってるけど、ストイックさは今もないと思う。
甘えた奴だと思う。

だから既存の価値観を一旦捨てて、自分だけの正義感を見直して

本当に人から求められる、ある種迎合的な生き方を見つめ直さなくちゃ

人から必要とされる人間になれない。

自分に不満がある以上、価値観を捨てる覚悟は必要なんだ。

この記事を読んで、俺を馬鹿だと思う人は今の自分自身が好きな人かネガティブな人なんだと思う。

そういう生き方が心地良いならそうすればいいと思う。

☆☆
このように最近の僕は人に嫌われることを恐れないようになったため、表現が攻撃的な傾向があるのです(笑)

いや正確に言えば、嫌われるのが怖くないんじゃなくて、自分が24年間生きてきて相手のことと自分のことを考えて、そのバランスとれてると自信があっての発言だから、そこが気に入らなければしょうがないって思うだけ。自分の否に気付けば直すけどね。

まーこんなことブログに書くのは若さ故の過ちなんです。だからこれを読んで不快になったらそこはお詫びします。ただ今後も書くんでそこはどんまいです。

いやー記事が長い!!(笑)

俺は上野か!

じゃいこ

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